アーティスト一覧
山本作兵衛
Sakubee Yamamoto
1892年 福岡県嘉穂郡笠松村鶴三緒、現在の福岡県飯塚市に炭鉱夫の次男として生まれる。
1899年 7歳から父の仕事を兄と共に手伝う。
1900年 弟春吾が生まれ、その初節句の際に貰った加藤清正の人形を繰り返し写生したことが絵への芽生えとなったという。また、粗末な西洋紙で源平合戦などの絵本を作り、それを近所の子供に売って、画材や食料を買うこともあった。
1904年 山内鶴嘴鍛に5年契約で弟子入り、14歳で山内坑に坑夫として入坑。17歳の時、ペンキ屋に弟子入りしたが、又坑夫に戻る。
1916年 水町タツノと結婚。
1940年 炭坑田川の位登炭坑に移る。
1945年 長男の光が戦死。このことが、後の炭鉱を記憶する絵を描くきっかけとなる。
1952年 夜勤の非番を利用して原稿用紙1500枚に炭坑の記録文を書きますが、周囲の嘲笑にあい全てを焼失。次々と炭坑が閉山していく中、閉山後も炭坑の資材の夜警員になる。
1957年 広告紙の裏などに炭坑の絵画を描く。
1962年 はじめてマスコミで作品が取り上げられる。
1963年『明治大正炭坑絵巻』を出版。
1969年 思潮社美学校の菊畑茂久馬教場にて炭坑画の模写が行われる。
九州力
